チェコレートの街・ヨーロッパの街並み

Allemagne ロマンチック街道 編

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ノイシュヴァンシュタイン城

ロマンチック街道の終点は、18世紀後半、ルートヴィヒ2世が建てたノイシュヴァンシュタイン城です。急峻な岩場の上に建っています。「 白鳥城」とも呼ばれていて、ディズニーのシンデレラ城のモデルとなったお城です。王は、精神異常者とみなされ、政府の手に捕らえられ、謎の死を遂げるまで、わずか172日しかここには滞在しておらず、王の突然の死により、お城の建設は一部未完成のままになっています。しかし、王の死後、わずか2ヶ月もたたないうちにお城は一般公開されました。その人気は、半年間で18,000人もの入場があったほどです。以来、お城の人気は耐えることなく、今でも夏の観光シーズンはかなりの行列が出来ています。
写真撮影の名所は、マリエン橋。ここからの眺めは、最高にきれいです。

ホーエンシュヴァンガウ城

12世紀に気づかれて荒れ果てていた城を、ルートヴィヒ2世の父、マクシミリアン2世が1832年から1836年にかけて再建しました。ルートヴィヒ2世は、この城で弟と幸せな子供時代を過ごしました。こじんまりした小さなお城ですが、ルートヴィヒ2世の生活すべてが込められています。
場所は、ノイシュヴァンシュタイン城の建つ岩場の少し下の方で、ノイシュヴァンシュタイン城の建設中は、このお城で、進行状況を眺めていたそうです。

リンダーホーフ城

ノイシュヴァンシュタイン城と以外にも、ルートヴィヒ2世は、あとお城を2つ建てていました。「 リンダーホーフ城」と「 ヘレンキームゼー城」です。これらは、ノイシュヴァンシュタイン城に比べるとこじんまりしたお城ですが、その分ルートヴィヒ2世のこだわりは凝縮された豪華そのものの造りになっています。
右は、「 リンダーホーフ城」で、これはルートヴィヒ1人だけのためのもので、ここに客を招待するような事はありませんでした。隠れ家のように使われていました。人間嫌いの王は、「魔法の食卓」を作らせたり、城以外にも、庭の噴水など、当時の最新技術が駆使されています。このお城で、ルートヴィヒ2世の人間嫌いはさらにエスカレートし、外界と遮断された夢の世界にまどろんでいた様子がよく伝わって来ます。


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